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第83稿
寒くなりだすと、思い出す。

 サテ、10年ほど前になるか。お隣のお寺から日も暮れ夕食の片付けもまだ終わらぬ頃であったか、電話が掛かってきた。
 「賽銭泥棒に入られました。宝勝寺さんも注意しなされ」と言う事であった。直ぐに本堂に行ってはいない、何か手の放せぬ用事をしていた事は覚えている。
 電話があって10分か20分かして、本堂に行くと見知らぬおじさんが寝っ転がっていた。賽銭箱は所定の位置からずれてはいるものの開けた形跡は無い。完全に寝ていた。が、こちらの気配と、電灯を点けたので目が覚め起き上がった。
 「何をしとるんかいな」と「暴れるか」と二つ聞くと「はーーーー」と「暴れません」と言う返事が返ってきた。そこで、ここに来る前に賽銭泥棒してきたかと聞くと素直に「ハイ」と答えたので「警察呼ぶが、良いか」と聞くと又「ハイ」と言う。
 お隣のお寺では現場検証の最中、身柄確保していますのでと言うと直ぐに行きます。と、警察の返事。警察官には、サイレンならさずにと言ったが鳴らしてきたのかどうかは覚えていない。
 警察官2名現れるまで、隣に座って話を幾つかした。
 どこの生まれか。窃盗は初めてか。後、聞いたことは覚えていない。○○の生まれ、窃盗は初めてと言う返事が返ってきた。初めてと言うけれど「調べたら直ぐ判る事やで」と言うと「ニヤリ」としたので「別荘行くつもりか」と言うとまたもや「ニヤリ」。

 つまりこういうことである。窃盗症では無い。窃盗罪だけを狙ったと言うことで有ろう。隣の寺のガラスを割って入った。器物損壊、不法侵入、窃盗。うちで不法侵入と窃盗未遂。過去に窃盗の前科前歴あり。暴れず、脅かさずと言う事は強盗にならない。計画的な意図がありありとしている。

 おじさん曰く「働くところが無い。生活する場所が無い。国に帰れない。病気もできない。」おじさんは自身の生い立ちや、泥棒を始めた原因の話を始めた時、パトカーは本堂の前に止まった。現在は、10年以下50万円以下の罰金、と刑法235条に有る。このおじさんの話は、平成18年改正以前の話である。

 初老のおじさんには「別荘」は心地の良い住処となっているのであろう。わざと入るために窃盗をする。寒くなってきたので、暖房、食事、医療、寝床。まじめに過ごせば、新聞、雑誌、誕生日。正月には特別メニー。作業もすれば、たいした金額には為らないそうだか貯蓄も出来る。衣服は官品。税金、年金の心配は無い。
考えさせられる話ではあるが、おじさんにとっては「別荘」イタセリツクセリの「住処」なのである。

 手錠を掛けられおじさんは、足取りも軽くサッサットパトカーに乗り込んでいった。私にはその様に目に映った。送られていった後にあるのは「事情聴取」と「現場検証」時間の掛かる後始末である。そうこうしていると、日付が変わっている。後は、好きなように寸法やら写真やら自由にしてくれ。儂は寝る。と言ったが、終わるまで立ち会ってくれ。と言う言葉を聞かずにおまわりさんを残して寝たことは失礼であった。後で聞くと、夜中3時頃に電気を消してお帰りになったそうである。

 その頃、おじさんは健やかな眠りに就いていたのであろうと想像するとアホらしさを超え、説明のつかないヤルセナイ世界を垣間見たような気がする。

 翌日であろうか、厳罰を求める文章を玄関先で一生懸命綴る若いおまわりさんがいた。私は、厳罰を求めない即時釈放する事を願う。旨を申上げたが文章はどうなったのか、判子を押したが内容をよく覚えていない。調書は、斯くして作られていく、当事者の言葉はどれだけ反映されるのであろうか疑問を持つ。

 その後の経過は一切知り得ない。何日拘留され、どの程度の判決を受けたのか。判決を下した裁判官も何処の誰だか知り得ない。一つ言えるのは、おじさんの方がこの社会のシステムよりも一枚も二枚も上ではなかろうかと感じる。「別荘」を求める人に「別荘」をマニュアルに従って言い渡すのは「愚の骨頂」に見える。もし裁判官がへそ曲がりで「即時釈放」と言い渡したならば、その時おじさんはどんな表情を浮かべるのであろうか。近くで見てみたい。
 誰か、テレビドラマにしてください。寒くなり出すと思い出す出来事。

 当時の、駐在さんや白浜警察の皆さん本当にご苦労様でした。
 おじさん、元気ですか。作り話でもかまいません、聞けなかった話をいつか聞かせてください。次は、明るい時間にね。

大門 合掌

―第118稿―
「張暑飽閉」の「春夏秋冬」

―第117稿―
春のお便り

―第116稿―
「正月」と「障月」

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