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第55稿 仏壇の…

 デザインの話ではない、歴史の話でもない。確かに昨今サイドボードのような作りの物も普通に見受けられる。亦、旧来の金仏壇や唐木仏壇、木材の年輪模様を全面に出した物も健在である。

 今回は、外観ではなくその中身。材質について と 蛇足

 年に何軒かお仏壇の開眼やそれに伴い閉眼と言う依頼を受ける。閉眼法要を執り行った仏壇は廃棄される。つまり、産業廃棄物として扱われる。中には三代四代と受け継ぎ100年以上朝夕手を合わせ、お茶湯を供えてきたという見えない歴史を感じることなく誰かが叩き壊し捨てるには忍びない。業者は当然廃棄料金を定めて引き取ることになる。どうせ、廃棄するならば閉眼ついでに(表現は適切ではありません)此もご縁と持ち帰り処分を自分でしてしまう。と、言うことで持ち帰ってくる。
 当然、しっかりとした作りの物もあればそうでない物もある。それは仏壇の制作者の気質でも無く、大小寸法の問題でもない。当たり前のことではあるが、手間のかけ方、材料の選択等々それは最後に表される「価格」に反映しているだけである。

 只、現代的経営思想に反比例して古いお仏壇は一概にその考えは当てはまらない。古い物は総て手作業で作られてきた。毛引きの痕、鋸の痕、錐の痕。かすかに残る竹釘の頭を削った小刀の痕それらは決して表には出ず手を合わす人を一生見ることは無いかもしれない。木材の元と末、表と裏当たり前のように規則正しく作られている。どれだけ手間を掛けているかが商品の値打ちであってそれは裏返せば職人さんの技能でもあった。会ったこともない職人さんの痕跡を探すのは、古いお仏壇を解体する私の楽しみの一つでもある。見てくれの装飾は見栄えだけであり、見えない部分と比例しない事は多い。

 ミカン箱より少し大きめのお仏壇は釘も接着剤も使用せずに「?」「蟻継ぎ」と言う技法で組み立てられていた。
 継ぎ目には隙間もなく全く遊びや逃げの無い、高い技術を持った職人さんの作られた気取ったところも感じない大変良いお仏壇であった。このお仏壇は、拳骨でトントンとすればバラバラになった。今でも思うが、残しておけばとしみったれている。
 重たかった、大きかった。釘とネジだらけで「?」「蟻継ぎ」は無い。接合部分と見えない部分には接着剤オンパレード、当然見えない部分の接着剤は拭き取りも無くはみ出したまま。表のつなぎ目はニュートリノすらすり抜けぬけられない状態。機械で加工すれば素人でも真っ直ぐに直角に45度に自由自在、コーナークランプと接着剤有れば技術は要らない。金槌と釘抜き電動インパクトドライバーの活躍。
 以上は、材質が一応木材で有って別に「ベニヤ」「集合材」という新建材が使われている。

 先日は違った、
 直ぐに気がついたのであるが総ての部品が「粉砕圧縮された紙」。技術の進歩は恐ろしい。接合部は総て接着剤のみ。部分的にステープルが使われていた。カッターナイフで筋を付け捻ると壊れる。

 毎回であるが壊しながらも、その後も何か戸惑いを感じる。それは、材質でも無く、作り方でもない。まして、作り手や売り手の問題でもない。
 斯くして、ドラム缶の中で色々なお家のお仏壇は様々な理由によって般若心経を読む声と共に燃えていく。

 玄翁を使わねば失礼と思えるお仏壇になかなかあたらない、そのようなお仏壇は修理や洗濯をすれば燃やさない限り世代を繋ぎ受け継がれ残されていく。忘れてならないのは、お仏壇の存在理由の意義かもしれない。

 仏壇という箱が無くても佛さんもご先祖さんも、ご縁の人もおまつりは出来る。

ダイモン 合掌

―第118稿―
「張暑飽閉」の「春夏秋冬」

―第117稿―
春のお便り

―第116稿―
「正月」と「障月」

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