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第23稿 お参り-1

 友達のKさん。
 貴子と顔を付き合わせては3年か4年、出会いから15年程の付き合いをしていただいた。大阪で住んでいた頃、子供の歳も家も近いことからの付き合い。和歌山に来てからは電話の付き合いの方が長い。
 亡くなる1週間前にも家族で見舞いに来られた。

 先日、大阪から日帰りでお参りに来られた。亡くなってから、毎年この時期に来られる。滞在時間は2時間弱。移動時間は8時間弱。ご主人の仕事の関係で3年間イギリスに滞在された時、言葉に甘えて10日ほど厄介な客人にもなった。貴子は娘と留守番。寺を留守にすることも出来ず、また、病気の事もあり渡航は断念した。

 さて、お参りとなると生じる問題は毎度のことであるが、居住空間の片付けである。お寺の行事やら、地元サークルの利用など有り難いことに部屋は毎回それなりにソレナリと掃除が出来る。寺の近所に土地を求め、両親の住む空間にも仏壇は有る。そこにもまつっているが、こちらの住居(庫裡)にもまつっている。因みに、本人の実家にもまつっている。

 その空間とは、多くの人が思うほどお寺の居住空間は広くない。寺で使用する空間がそのまま生活の空間である。確かに空間も体積も一般の家庭からみれば、比べものにならないほど広いことは確かである。しかしなぜか、生活は六畳の面積で事足り住んでいる。

 さて、貴子の祭壇を久しぶりに総てばらして掃除した。お骨は総て残さず20cm角ほどの箱三ッに入れて持って帰って来た。未だに墓地は建っていない。墓地は有る、墓石は店に半年ほど前に届いている。が、墓石に刻む原稿をお店に渡していないのが原因。故に、お骨は手元にある。

 骨壺を包んでいる白布をはずし外ではたいて埃を取る。懐かしいというわけではないが、骨壺のふたを開ける。箱に無理して詰め込んだはずであるが、どの箱も半分より少ない。ご飯にまぶし食べた記憶はない。お骨を手にするが、どれも想いより小さい。どの骨も、想いより小さい。骨箱三ッ並べて蓋をはずし、お骨取り出して眺めていると長男のコメント「おとん、知らん人見たら異常やで」。

 次の日、Kさんはその前に座し、手を合わせていた。

 私たちは、何に手を合わせるのであろうか。位牌であろうか。遺影であろうか。遺骨であるのか。はたまた、思い出であろうか。

 書き残した手紙の一説「ごめんなさい。ありがとう」。自分自身を振り返り、自分自身に問いかけながら、一日一度は手を合わす。

大門 合掌

―第118稿―
「張暑飽閉」の「春夏秋冬」

―第117稿―
春のお便り

―第116稿―
「正月」と「障月」

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