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第4稿 友達への手紙 2002.8.
友達への手紙第3稿のつづき

寺の行事の餅投準備や、大掃除、会食時、檀家さんの奥さんを動かして一人台所にいておうへいな態度と思われたと思います。が、あれで精一杯であれを超えると肩で息をしだし心臓が破れて□不詳□する様になるのです。在宅治療を始めるのをできるだけ遅く遅くと子供のためにくだで、つながられる生活(注釈1)は少しでも先に□□□不詳□□□自分の先がなおらないとみえていたから、全ては子供優先の生活になり、子供にとってよいこと、子供のしたいことを自分が車でできる間は、色々なことにチャレンジさせていたから、人に病気だといても無理で、あれだけ動けるのに「何もせん人や」「勝手なひとや」とおしかりを受けてもしかたなかったです。
  和歌山に来ることは、私の病気を知っている人は皆大反対でした。特に診療を受けていた先生「死に急ぐ気か」「誰も子供見てもらわれへんねんで」私自身も職場の友人と会える大阪、家に遊びに来てくれる学生時代の友人、楠葉での友人。又、群生の幼稚園での友人、等、大阪を離れたくなかった。和尚と和歌山に行くことを決心した時、「これからは大門さんだけが頼りやねん。おじいちゃん、おばあちゃんがしていてくれた子供の世話、協力 してよ」と話しました。
 だから和歌山に来たときの私のできる子育ては期限付きでした。子供第一に過ごす。その為に、体調をととのえる。まわりの人達への身勝手さはごめんなさい。でも、こんなに急に悪くなるとは思わなかった。

注釈1 在宅時、1分4リッター。時には無駄と知りつつ6〜8リッター。 それでもSPO2(血中酸素量) 80%に下がることしばしば。 何をするにしても、酸素吸入が無くなれば数分で意識混濁となる。 常に、エベレスト頂上にて生活をしている。状態と先生談。

医療の進歩は、凄い早さなのであろう。門外漢の者には知らぬ事。NHK「大長今」チャングムなる女医物語を毎週欠かさず見た方も多いであろう。六百年前の韓国の実話であると聞いた。多分の脚色は有ったと感じるが、王様の脈を診れば、虐げられる人の身体にも触れる。彼女の前では肩書きは役に立たない。彼女と会うには病人の肩書きが必要である。。。。。実に痛快韓国版時代劇で有った。
ファンとして後編特集見なくては、…いや…必ず見る。しかし、本は読まない。

さて、最後に王様は崩御する。今日の医学で有ればたちどころに完治するかもしれない。しかし、完治しても、いつか人は死を迎える。今日か、明日か。昨日か。常に死を考えて生活すれば人は精神的に病気になる。考えないから、気楽に明日の約束し、仕事を残す。それで良いのである。年を取ることを忘れ生き、病気になることを忘れ生きる。年配の人が目の前を横切っても、雑談しても、医療器具に固定された友のお見舞いに行っても、私は年を取らない、病気も罹らない。私は死ぬ事もないのだ。それすらも、思い浮かべない。実に爽快である。実に健康である。只、目に映る対物的景色で有れば有るほど、それでよいのだ。問題に直面するまでは、それでよい。

釈尊はその時、縁を頂いて生まれて来ただけ。縁が無くなれば命は終わる。難しく考えることは不必要。あるがまま、そのまま頂戴。年取ればそれで結構。迎えが来ればそれで結構。有り難いじゃ無いか。
と、私の中ではっきりと聞こえるのである。
しかも、日本語で。有り難いじゃないか。

だいもん合掌

―第118稿―
「張暑飽閉」の「春夏秋冬」

―第117稿―
春のお便り

―第116稿―
「正月」と「障月」

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